なぜか西海岸、特に深浦方面には惹かれるものがある。海沿いにきれいな岩場が沢山あり、車で通り過ぎるだけでは物足りない。じっくりと歩いたり触れたり探ったりしたくなった。まずは最も魅力的な深浦駅周辺から歩き始めることにする。五能線は本数が少ないので時刻表で確認、深浦駅近くのファミマ(おそらく深浦唯一のコンビニ)に駐車して歩き始める。
ファミマから道を横断、恵比須神社にお参りして整備された遊歩道を行く。手掘りトンネルを潜ると島の向こう側に出た。
日本列島は大昔、大陸の東端にあった。太平洋プレートが潜り込んで地下でひん曲がってうねり、陸地は分断されて日本海が出来た。日本海の切り立った岸壁は引き裂かれた痕跡なのだという。
日本海独り占め。こんなところにテントを張って寝たら気持ちいいことだろう。
駐車場に戻り、深浦駅と喫茶店セイリングを通る。右手にパチンコ屋と焼肉屋があり、のち役場と「海の駅ふかうら」。海の駅でレストランのトイレを借りる。弧を描くようなきれいな深浦の町、夕日公園を歩く。若いころならデートコースにぴったりだ。
深浦の町は海を囲むようにしてあり、所々背後の崖に避難階段が設置してある。崖の上は岡町になっていて住宅街がある。パラレルワールドみたいな作りが不思議でいい。
丘の上に展望台のようなものがあり、以前は有人だったが今は閉まっている。そこから踏み跡を弁天島に降りる。ここにはシーグラスが沢山落ちていて、ついつい拾いまくって止まらなくなる。弁天島は鳥居をくぐり右巻きに登る。
お風呂のような、何に使うものなのか不明の構造物。
海岸に降り岡崎海岸海水浴場を行く。コンクリートの道の日陰でごろ寝している老夫婦が居た。気持ちよさそうだった。キャンプ場に上がる歩道を登ると、下の子がまだヨチヨチ歩きだったころに仲間の3家族で泊まったキャンプ場があった。懐かしい。でもずいぶん記憶が薄れている・・すごい昔のことになってしまったなと思う。
101号線に出てのち延々と歩く。両脇むっとするような植物の中、きれいに刈られた場所があり、お地蔵さんだった。交通事故で子供の犠牲があったのだろうか。
深浦食品の工場の駐車場で休むと、軒下に女郎蜘蛛が大量に巣を張っていた。
鳴海建築バイクライダー休憩所を過ぎた所、線路を越えて海側の田んぼ方面を歩く。海沿いの田園風景は深浦から岩崎方面の大好きな景色だ。
若者数人が釣りに来ていた。
漁港を越えて、海岸に沿ってまっすぐの道を行くと横磯の集落があり、えの木に着く。
休みの日で誰もいないので、玄関前で休ませてもらう。柵の向こう側はすぐ磯になっていて絶景の保育園だ。
聞いた話だと深浦町には保育園が6つもあり、最近では町全体で1学年の子供がわずか30人・・これから廃園が相次ぐのではないかと。過疎がすさまじい勢いだ。
この隣には旧横磯小学校があり、今は老人の施設になっていた。以前は深浦町と旧岩崎村で小学校が20以上もあったなんて想像できない。日本全体で見る緩やかな人口減少カーブと、地方での急激な少子化は感覚的に一致しない。
一旦101号線に戻り、きへい荘の辺りでまた線路を越えて田んぼ地帯を歩く。結局また行き止まりになりまた101号を歩く。
黄金崎に近づいてきて、海側にまた田んぼ地帯が広がり、車道を入っていく。なにか大きな平屋の建物があり、養鶏場または豚舎かな?ここで道は左に曲がっていく。
黄金崎不老不死温泉に到着すると結構疲れた。玄関前にベンチがあり、売店で白神の水を買って飲む。
そこから海沿いに沿ってウェスパ椿山に向かう。30分くらいかな~と予想するが長い長い。舗装道路だけど全く車は走らず、人っ子一人いない舗装道路は日本じゃないみたい。
海の照り返しがきれい。潮の流れがよくわかる。
海に突き出た芝生地があり、テントを張ったら気持ちよさそう。
腰が痛み、やっとたどり着いた。汽車時間が気になって焦った。物産館コロボックルでソフトクリームを買って、ホームで食べながら汽車を待った。
リゾートしらかみには結構観光客が乗っていた。とは言っても10人程度かな、、まあ地元の人よりは多い。
このルートは基本的に車道を歩くのだが、国道より海側に、おそらく昔の国道だった細い舗装道路がちょくちょくあった。地元の漁師さんしか通らないだろうから、ほとんど人けのない道。それはそれで海と静寂を味わうことが出来た。