2026.1.12
1.10~12の3連休、たった一人で過ごしている。この家に家族と住みはじめて22年、こんな経験は初めてだ。3連休を迎えるにあたり、かなり緊張していた。
とにかく日常のことをしっかりやろうと思った。そうでないと自分が崩れてしまうんじゃないかと心配だから。

朝は神様・仏様の水替え、ご飯かパンにコーヒーを添え、般若心経を唱える。ヒゲ剃り洗顔、簡単な朝食、そして仏様の上げ物を降ろして食器洗い。冷蔵庫や周りの物を片づけたり、出かける時の服装やらの準備。
日中は雪かきや買い物、家事をすると、なんだかんだで1日の時間が過ぎていく。
夕方も神仏のことをやり、自分の食事には必ず野菜を入れる(まぁキャベツの千切りか野菜炒めだけど)。風呂に入って残り湯で洗濯。晩酌して11時には寝る。そうやって1日1日を決まった型にはめ込んで過ごした。今日が最終日、外は大雪だ。

昨日とおとといは映画館に行き、「50年目の俺たちの旅」、「架空の犬と嘘をつく猫」を観た。どちらも良かった。ただ俺たちの旅は良かったけど切なかった。
50年前、自分は小学5年だった(その頃一緒に見ていた姉は高1ということになる)。「俺たちの旅」は日曜の午後8時に入った。小椋佳の情緒的な曲に中村雅俊のストレートな歌声。悲しさと喜びが濃縮された45分が終わる時、エンディングに「ただお前がいい」が流れ、画面には夕景を背に散文詩が現れる。
自分にとってはその瞬間が辛かったのを思い出す。俺たちの旅が終われば、また月曜が来るから。もしできたら・・自分も東京の大学に入って、あんな青春を送りたいと願った。
「俺たちの旅」は自分にとって特別なんだよな。今は配信やらDVDで見直す方法があるけど、なんか辛くて見れない。

50年後の・・では、田中健と中村雅俊が学生時代の想いを捨てきれないまま生きていた(秋野大作は相変わらず脳天気)。後悔やどうしようもない思いを70代の男たちが引きずっている。
人間は年をとってもただ鈍くなるだけじゃない。弱く、苦しくもがき続けているんだよな。
どうしたって、過去は消えてなくならない。やり残したことは重く積み重なっていく。結局死ぬまで持っていくしかないんだと思う。自分は若い頃、それが分かっていなかった。

架空の犬と・・では子供の時の山吹が背負ったものがあまりに大きくて、その現実は消えることがない。だけど20代という若い時期に、すべてを打ち明けられたことが救いだ。山吹を支えてくれる人がいたからこそのこと。一人のままでは荷物は変わらないないんだよなぁ、人に分かってもらうことでしか軽くならないんだと思う。

そんなこんなで、映画を友に孤独な3日間をどうにかやり過ごした(と言えるのか?)。
人は色々なんだと思うけど、自分は一人でいることがこんなにも弱いんだということを知った。まぁ前から分かっていたことではあるんだけど改めて。若かったころは、過去より未来がずっと大きかったからまだ耐えられたんだと思う。
でもこの年になると過去の記憶が重すぎて、一人でいるとそっちに引っ張られる。毎日見る夢は過去のことばかりだ。だから孤独は耐えがたい。

妻は命の恩人だと思う。うすうす気づいてはいたけれど(気づくの遅すぎ?)、これからはもっと感謝して大事にしなければと思う。